KOMA NOTE

”軽やかにシンプルに生きていく”考え方や実践をフリーランスの人材育成クリエイターがつづります。

いつも心が軽く居られる秘訣とは?

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 いつも心を軽くする筆者の秘訣

 

「頭の中の雑音を紙に書き出す」習慣をもったからです。

たったこれだけです。

 

ほぼ毎日しています。
トイレ同様、出すとスッキリなのです。

 

筆者だけでなく、誰しも日常を生きていると「やらなければならないこと」や「ほんとうはやってみたいこと」、「不安やイライラな感情」が混ざり合ってモヤモヤしてきますよね。

要は、自然と重たくなる。

 

パソコンもデータ量が一定以上増えると、動きがもっさりしてきます。
人間の体も体重が増えると動きが鈍くなる。健康にも障害が出ます。
いらない情報や体重は適切に減らしていくことが大切。

あなたの頭も同様です。
大事な仕事なのに、気がかりなことが頭をさまよう。
大事な会議なのに、お客様からのあの一言がずっと気になって集中できない。
大切なデートなのに、仕事のことでいっぱいで彼女の話も上の空。。

そんなご経験ありませんか。

 

筆者はよくこういう瞬間に、紙に吐き出しています。

 

✔︎いいアイデアを生み出したい前に。

✔︎仕事を始めたけど、集中できていなくてスマホを手にし始めたら。

✔︎理由は分からないけど、イライラしているな、と思ったら。

✔︎意味不明な一抹の不安やあせりを覚えたら。

✔︎心が疲れているなと感じたら。

 

 

紙の上にある完全なる自由

ちょっと慣れが必要ですが、書き方自体は極めてカンタンです。
気がかりなことや、なんだろう今の自分は、などと頭の中にさまよっていることやつぶやきをどんどん紙に言葉で落としていくだけです。


普段絶対に口に出せないあんなことやこんなことまで”ありのまま”書きます。
ここでは自分の心に素直に、言葉を選ばず吐き出して「いい」のです。

 

まさに紙の上にある完全なる自由、といえます。

 


その辺の裏紙でもノートでも何でもOKです。殴り書きで構いません。
ただし、最低限読める字で書くこと。箇条書きでも文章でも、何なら単語でもいい。

 

ひたすら一定時間書き続けます
慣れるまでは経験上5分間を目安に時間を計ることをお勧めします。
(慣れてきたら2分程度、ガッ〜と書き出して終了したりします)

 

時間制約を持って、タイムプレッシャーをかけてやった方が手が動きます。
でないと頭の中のモヤモヤを頭の中で整理・体系化しようとし、手は止まります。


ありのままサッサと書き出していくことが大事です。

この方法はいろんなところでご提案しやってみてもらうのですが、中には分かっていてもなかなか書き出せない人もいます。

 

自分に許可を出すことがコツ

正しいことを書こうと思うと、書けません。
言葉を選んでいると、書けません。
いい人、良い人間でいようとすると、書けません。


自分に許可を出していくのです。
この5分間は、なんでも書いていいよと。

 

みっともない自分。
人のせいにしている自分。
ある人への罵詈雑言を吐き出している自分。
欲まみれの自分。

ここではぜんぶ有り、なのです。
ラーメンでいうとぜんぶ乗せ状態です。

 

紙の上では、自分のほんとうの気持ちを吐き出していいのです。
普段は、ほんとうの気持ちなんてなかなか出せないものです。
「ほんとうは、・・・・・」この一文に自分の本心が表れています。



もう何も出ない、頭の中が空っぽ、という状態が理想ですが、頭の中にぽっかり空間ができたなぁ〜という感覚が味わえてくると思います。
なかなかスッキリしますよ。

 

まとめると、何事もモヤモヤしたら「出す!」貯めないこと。
よかったら紙なんて何でもいいので、たった5分間、自由に頭の中の棚卸しをしてみてください。

 

やってみて質問したいことがあれば遠慮なく聞いてくださいね。

あなたの心と頭のモヤモヤがスッキリに変わることを願っています。

 

 

迷ったら名前という原点に立ち返ればいい。

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原点に立ち返るという基本

 

企業のコンサルをさせていただく際、まずは最初に経営者と面談をします。
その際、一番最初に質問することがあります。

 

それは、筆者の場合「社名の由来」です。

 

特に創業者の場合、その1つの質問からたくさんの情報が紐解かれる場合が多いのです。多くの経営者は、よくぞ聞いてくれたとばかりに嬉しそうに話します。
話し出すと、なかなか止まりません。
ほんとうはもうそのまま飲みに行ってもいいくらいです笑。

 

たとえシンプルな社名だったとしても、そこには経営者の思い、価値観が込められているもの。
しかし一般的にはよほどトリッキーな名前でない限り、その由来に興味を持ち聞いてくれる人はほとんどいないのが現実でしょう。

 

なので、筆者のように社名の由来を全身で聞いてくれる存在は稀有なのかもしれません。
自分の大切なことというのは、聞いて理解して共感してほしいのが人間です。
なぜかといえば、社名とは経営者にとっての大切な宝であり原点だから。

経営とは問題解決の連続です。
しかも日々スパゲッティのように複雑に絡み合っていくもの。
特に筆者の場合、組織人事が対象です。
人の問題なぞ、原因が単純なわけがありません。
その複雑さに迷い心が折れそうな時にこそ、そもそもの原点に立ち返ることです。

原点の1つが社名だったり、創業時の言葉にあったりするものです。

 

「御社(あなた)はそもそも何がしたかったのですか?」

1回原点に立ち返ってから現状や未来をみると、シンプルになります。


いま心を悩ます問題からは一見かけ離れているように思うけれど、本質的な解決のヒントは、実は原点に立ち返ることであっさり見つかったりするものです。

 

 

***

子育ても同じかもしれません

 

筆者が小2の長男に日々注意する内容に、ある共通点があることに気づきました。
それは、「人への思いやりがない言動」に対して、なのです。


我が子のことで妻と話し合いをしていた時に、ある問題でう〜んと膠着状態になったので、そもそもどんな子に将来なってほしい?と問いを立てた時に、思い出した感じです。

 

そうだった!と。

 

お子さんがいらっしゃる方は同じだと思いますが、子どもが産まれた時、将来こんな子に育ってほしいと一生懸命考え、願って「名前」を付けませんでしたか?

 

企業の原点が社名にあるならば、子供のたったひとつの原点は名前にあります


筆者の場合、長男には勉強やスポーツができなくても、人と人の間で優しさや思いやりを発揮できる子になって欲しいと願いを込めて名前を付けました。

 

つまり、「思いやりのある人間」というビジョンが名前に含まれているので、思いやりのない言動に問題を感じてしまうのだと気付いたのです。

 

親が伝えていきたいのは思いやりの大切さ、発揮の仕方だね、と。

 

迷ったら原点に立ち返るという基本。

それは世界にたったひとつの名前にあったりします。


これだけでいいのかもしれません。

 

***

 

今回は企業経営、子育ての悩みに対して、迷ったら原点に立ち返ってみては?
という投げかけをさせていただきました。

 

これだけが唯一の正解だと言いたいわけではなく、ひとつの参考にという程度の話しです。

 

でも実際子供をデパートに連れて行った際にも、こんなことしませんか?


「もしも迷子になったら、この目印にくること」と。


人は原点をしっかり認識できたら、たとえ途中ではぐれて迷っても大丈夫です。
必ずまた立て直すこと、立ち直ることができます。

もしも今、迷っていることがあれば、自分や関わる人たちとの原点を再確認してみてくださいね。

 

前に進むための大切なヒントがみつかるかもしれませんので。

 

 

 

 

 

 

 

 

自営業こそ上司という存在が必要だ。

ふつう自営業には上司がおりませんよね。

自らが経営者でありプレイヤーだからです。


しかし筆者には、上司がいます。
上司でもあり、メンターでもあります。


月に1回ですが、その上司に業務報告と今後の計画をプレゼンします。

すると、その上司は静かに聞いたあとに、口を開いてきます。

 


「この結果で満足しているの?」

「ちょっと基準が下がってない?」

 

「あ、いまゴマかそうとした?そらあかんで〜」

 

「で、今月はどうするの?」

 

「やれんのか!?」

 

「でも、お前さんならできるよ」

 

 

まぁ時になかなか厳しい上司でありますが、そこに愛があることを知っています。

人間の器を超えた大きな存在です。

 

だから毎月、欠かさず報告に参ります。

 

自営業といえども、上司は居た方が良いと思います。

 

なぜか。自分を律するためです。

 

自営業を続けていくには、自律力が一番大事だと筆者は思います。

 

つまり自分で決めたことを誰に言われなくても日々黙々とやり切る奴でないと、自営業として食べていくのは難しいのです。

 

筆者は弱い人間です。

自営業はサボろうとしたらいくらでもダラダラし放題なのです。
一日中アマゾンプライムばっかり観ていても怒られません。
なんかめっちゃ自由でしょ。理想でしょ。
でも、これって断崖絶壁にいるようなもの、なのです。

 

だから筆者は「上司という存在」をつくり、活用するのです。

 

 

では筆者の最強上司を紹介しますね。

 

 

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ジャーン。

西宮神社(通称えべっさん)。

笑う角には福きたる、が決め文句です。

 

上司という存在は、あなたが勝手に決めたらいいのですよ。

 

 

地に足をつけて働き、たくましく生きていくこと。

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人生のターニングポイントとなった旅行

 

筆者は2011年の東日本大震災をきっかけに、「仕事と家族」というテーマを根本から深く考えました。前年に第一子が生まれたばかりだったこともあったかと思います。
おそらく私だけではなく、あの当時生き方を見つめ直した方は大勢いたはずです。

 

悩み抜いた挙句、筆者は成長真っ只中にあった上場企業の管理職という立場を手放し、住んでいた東京からホームの大阪に家族と共に引っ越しフリーエージェントになって今に至ります。
あのときの決断は勇気のいることでしたが、後悔しない決断でした。


しかし実のところなかなか決断ができず悩み抜すぎて、ハワイに家族旅行したくらいです(笑)。
常夏の軽やかな風に、生き方を変えようとフッと思考が進んだことを思い出します。
日本にいると、これまでの常識やネガティブ情報や他者視点がなかなか決断を阻むものだなぁと感じたことを思い出します。
(でも一番阻んでいるのは、自分自身なんですけどね)

そのハワイからの帰国後、すぐ上司に話をし、翌月退職願を提出しました。

 

 


今年もまた3・11はやってきます

独立の契機となった3・11。
あの当時、筆者にはノートに書き付けた2つのキーワードがありました。

1つは、「地に足をつけて働く」こと。

どんな恐慌や災害のビッグウェーブがやってきたとしても、一番大事な家族を守ること。そのためには常日頃から家族との結束、態勢をつくっておくことが大切です。

 

いつ何が起こってもおかしくない時代において、子供のことは妻に任せっきり、他人事のような関係性ではいざという際に守れるわけがありません。


会社に依存している状態では、生活の軸を他者に預けているようなもの。
筆者が会社勤めをしていた際は、まさに会社を中心に生活がクルクルと回っていました。出張もあり、夜も遅く、休日もバンバン出勤する。
しかし、それでは不測の事態に家族を守る対応が十分できるとは限りません。

 

自分の責任と力量において、自分(と家族)の都合を優先できる働き方を選択できること。それこそ地に足をつけて働くということです。
もちろんそれが自分のやりたいことで稼げることが前提です。

できたらいいなぁと当時は思いました。正直できるイメージはありませんでした。
でも、人間ほんとうにやりたきゃできるものです。
あなたにもその知恵と勇気はあると思います。

 

 

2つめ、「たくましく生きていく」こと

自慢ではありませんが、筆者は子供の前で仕事の愚痴をこぼしたことがありません。
むしろ、今日の仕事たのしかったわ〜とそっちをこぼします。


嘘ではなく、やりたいことをやっているので本当です。
しかし、時にはうまくいかなかったり、お客様から苦言をもらったり、反応が悪い日もあります。

人生を天気にたとえれば、晴れもあれば、曇りもそりゃありますよね。
どしゃ降りの日だってある。そこをどう楽しめるか、その解釈や視点を必ず子供の前ではプラスにして披露します。仕事や社会を楽しめる姿勢を真似してほしい。

いつ何が起ころうが、子供達にはたくましい解釈をして生きてほしいからです。

 

そのためには、家族コミュニケーションの総量が必要です。
ますます会社依存の生き方では無理という結論でした。

 

 

あれから8年経つ今、時代の空気とは?

 

筆者がフリーになった今でも企業と関わって仕事しているように、今企業も正社員だけで何か事を為そうということはかなり少なくなってきました。

日本の働き方は、今年さらに変化していくように思います。
様々な言論空間からもそんな時代の空気を感じます。

働き方、生き方という軸を企業や他者ではなく、自分に取り戻す。
雇われる生き方ではなく、自分の足で立って社会と関わっていきたい方は今後ますます増えるでしょう。
もちろんカンタンで必ずうまくいくなどと安易に煽るつもりはありません。
何かを選ぶということは何かを捨てることと同義ですから。覚悟は必要です。

 

 

自分にとって「働くことの幸せとは」いったい何だろう。

 

あなたはいま、その仕事が楽しいでしょうか?
仕事は会社のためではなく、自分のために楽しくやるもの、ですよ。
そんなふうに思ってもいい。

時代や環境、自分の志向とともに、素直に変わっていっていいのです。

筆者はそんな風に思っています。
この3月はまたそんな風が吹いてくるかと思います。

よかったら一緒に考えてみませんか。

 

 

 

 

 

コンサルタントが保育園でパパ先生をやってきた。

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画像はイメージです

 

長女が通う保育園で半日パパ先生をやってきました

いや〜楽しかったです。

体はクタクタになりましたが。

当日の朝、長女(5歳)に「なぁなぁたのむで(たのしませてな)」と言われ、事前に多少イメージングをしてみましたが、結局その場の雰囲気を見てアドリブで勝負しようと登園しました。

お昼過ぎ、長女と帰宅の途につきながら「100点や!」と合格点をもらえたのでよかったです(ホッ)。

 

 

コンサルタントとして習慣にしている基本行動を3つ、園児たちに行いました

 

⑴ ゆっくり問いを投げかける

何事もまず問いを立てることで、園児たちの関心と仮説を引き出し、議論が活性化

 

・さぁこのおじさんはだれのパパかなぁ?

→ワーワーワーッW

・「バナナ事件」このえほんはどんなおはなしだろう?

→ワーワーワーッw

 

⑵ 要約して話す

だらだらプレゼンしません。ビシッとひとことで言い切る。

 

・「このクラスだ〜いすき!」

→わーいわーいわーい

・「たのしかった!またね!」

→ま、た、あ、そ、ん、で、ね!

 

⑶ 常に1アイデアを出す

相手が見落としている視点に気づき、そっとアイデアをトスする。

 

今回、外遊びにおいて子どもたちから多様な意見が出て収集がつかなくなったので、筆者は「ドスコイおにごっこというアイデアを提案し、満場一致で採用されました。

どんな「おにごっこ」かというと、
単に、鬼役である筆者が、お相撲さんがシコを踏んでどすこいどすこいと前進していく形で園児たちを追いかける、という遊びです。

園児たちは発狂しながら園庭を走り回り、期待を超えた満足度を得たようです。
(筆者は腰と膝がガクブル でした。。)

 

 

コンサルタントとして培ったビジネススキルは園児にも十分に通じることを実感しました。

 

 

園児たちにふれて感じたこと

こどもたちは一つ一つのリアクションが素晴らしく、本当に素直に反応してきます。
誰かが泣けば、誰かがフォローし、困っている子がいれば、どうしたの?と尋ねる。面白ければ笑う。


5歳児ってしっかりしているなぁと感心しました。

 

わが子がこんな素敵な仲間といつも一緒にいれることに妙に感動してしまいました。


そういえばいつのまにか、言葉の種類が増えてパパと対等に話している時もあったりする。こんな環境だからか、と合点がいきました。

 

パパ先生、参加してよかったと思います。

 

 

園の先生たちは大変なお仕事だと思いますが、こんな環境を日々作ってくれていることに改めて感謝して帰って来ました。

 

 

 

本質から少しズレてやしないか。

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「実はね、ココやられて辞めたんですよ・・」

まだメディアでそれほど話題にはなりませんが、近年企業で働くビジネスパーソンがメンタル不全で休む、または退職する割合が増えているように思います。
企業も公にしたくない現実なので、統計数字等に表れにくいのでしょう。

 

ですからあくまで筆者の体感に過ぎませんが。
仕事柄、コソッと告知されることが多々あります。

 

同時にマインドフルネスという言葉が人事の世界で広まっています。
あなたもどこかで聞いたことありませんか?

 


「あれでしょ、グーグルとかシリコンバレーの先端企業が取り入れているヤツ。」

 

そう。フェイスブックインテルマッキンゼーをはじめとした大手企業、政府系機関の研修でも取り上げられ、なんなら小学校でもやっているという近年大きな注目を集めているのがマインドフルネス。

 

念のため。
マインドフルネスとは?
「”今、ここ”にただ集中している心のあり方」のこと。

 

AIだロボットだとデジタルが日々進化している反面、人間はココロを未だうまく扱えないということがようやくわかり始めた、そんな時代なのかもしれません。


今やこういった、ストレスマネジメントやストレスコントロール手法、メンタルトレーニング等の人間のココロにフォーカスした方法論や解決策も様々登場し、いわばビジネス化しています。

 

それだけ私たちの生活環境が悪化してきている、というわけです。
しかし、食べていくことの難易度が特に高まってきているわけではないように思います。

 

「食べていくこと」という生存への基本的な課題ではなく(むしろ単に食べていくのはラクになってきたはず)、食べていくのは大丈夫。だけど自分が生きがいのある生活を見つけだすことができていない。その2つの落差の大きさに本当の問題があるような気がしています。

 

つまり、自分らしい生き方を見つけることの難しさです。

 

だからストレスが増えている。心身が不健康になる。


そういったストレスを軽減するために、マインドフルネスを代表とした様々な概念、手法が流布しているように感じます。
併せてセミナーや書籍が花盛り、というわけです。

よって今や心の持ち方、瞑想、呼吸法、筋力トレーニング等、ビジネスパーソン向けのノウハウを簡単に手にしやすい環境になっています。


たしかに、心身に良いことばかりです。1つ1つのノウハウはたしかに試すに値するものが多いと感じています。

 

そもそも筆者はこういうのは好きな分野なのでつい書籍を手にとって参考にしたりします。実際、習慣として毎日呼吸法やいくつかのメンタルコントロール法も取り入れています。

 


手でありのまま紙に書いていくジャーナリングというメソッドも有効です。

komagome518.hateblo.jp

 


良い方法はたくさんある。けれども・・・なのです。

どこか筆者が違和感を覚えるのは、これらのノウハウが結局は自身の対処療法として消費されていることなのかもしれません。


大切なことは、そもそも過度のストレスの原因が一体何なのか、を見つめること。
そしてその原因にアプローチし取り除くことをしなければ本当の解決にはなっていないのだ、ということもまた真実なのです。

つまり、生き方のデザインが最初に必要なのでは、ということです。

 

 

 

自分が人間として幸せに生きる道、生活とはなんだろう?


ここをしっかり考えてみる。

時間をかけても向き合う価値はあります。
なぜなら、今の時代、生き方の選択肢はかつてないほど増えているからです。

 

「そもそもあなたは何がしたいのか?」


これがいい年こいた大人であろうが中心課題であり、そこをいつまでも目をつぶったままではどんな瞑想を試してみたところで、結局ストレスの悪循環は続きます。

まるでもぐら叩きのようです。

 

一見手触り感のよさそうな解決策が、実は本質からズレていやしないだろうかということ。これに似た問題は他にも身の回りにありそうですよ。


”ど真ん中の本質ってなんだろうか?”
ここに目を向けられるシンプルな勇気を、筆者も含め大人は持ちたいものです。

 

 

 

 

 

 

ひとりの世界を楽しめる人になれ。

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子供の世界は想像以上に狭い

どうやらわが子が人間関係で悩んでいるらしい、のです。

 

・友達だと思ってた仲のよかった子からイヤなことを言われている。
・今日も仲間はずれにされた。
・パシリ?扱いされている。


どこまでが事実かはわかりませんが、どうやらほぼ事実のようで。。
最近自宅でもボヤくことが増えてきました。

 

成長する上で、欠かせない課題がやってきたのだと思います。


人間関係の悩みはほとんどの人が少なからず経験し、乗り越えてきていること。
大人になってもありますよね。

 

そんな大人の感覚で真っ先に口をついて出そうなNGワードがこれ。

 

「他の友達と遊べばいいじゃない。こどもは他にもたくさんいるんだから。」

 

筆者もつい言ったことがあります。

一見それっぽくて良さそうじゃないですか。
でも次の瞬間、「は?何言ってんのコイツ」という我が子の冷たい眼差しを感じました。

まったく刺さらないアドバイスだったのです。

 


たしかに子供の目線に立ってみればわかります。
子供にとっては幼稚園や小学校のクラスではなく、もっと言えばその中における3、4人の友達同士の間が「生きている世界」なのです。
だから、イヤなことを言われても健気に次の日その子のところに行ってなんとか仲間に入ろうとするのです。

 

こどもの世界は大人が思う想像以上に狭いのです。


今では笑えますが、筆者も小学生の頃、教室をふざけて走り回り、割と大きめの花瓶をラリアットで割ってしまったことがあります。
その瞬間「たぶん死刑だ。世界は終わった・・」と子供ながらに絶望の淵に立ったことがあります。当時は教室が世界の全てだったのですから。

 

だから大人の視野で、子供の世界の問題に対処するのは効果的ではないのだと経験から学びました。

 

 

ほんとうの友達ってなんだろうね?

今、こどもと話しているテーマがこれです。

友達の定義。

パシリ扱いする子、荒っぽい言動をする子、意地悪な子、もちろん優しい子もいる。
いろんなキャラの人が世の中にいて、世界は成り立っている。
それは大人になっても同じです。それが社会です。

誤解してほしくないのは、ほんとうは一緒にいたくないけど嫌われるのがイヤだから、無理して仲間になろうとしている状態。要はただ「つるむ」関係。
それは友達なのかなぁ、ということ。

さて、ほんとうの友達とはなんだろうか?
子供なりに考えているようです。
参考に太宰治の「走れメロス」をそっと手渡しましたが、今のところほぼ読んでくれません・・。やはり他人を思い通りにしようというココロは手放そう。。

 

我が子なりに「友達の定義」ができた時に、ほんとうの友達に自然に出会えるのではないかと思います。
それがいつになってもいいんだよ、焦らなくていいとアドバイスしています。

 

 

基本は「ひとりでいられる人間」になること

でも、仲間はずれにされたら悲しい、悔しい。
その「今」に処するにはどうしたらいいのか?

 

筆者はノートに大きめの字でこう書き、問いかけました。


「ひとりになったらなにをする?」

 

・本を読もう

・マンガを読もう

・音楽をきこう

・絵をかこう

・ブロックでなにかつくろう

・日記をかこう

・ボールでリフティングしよう

・壁におもいっきりシュートしよう

・パパとあそぼう←これはちがうか?

 

思ったよりたくさん出てきませんか。
ふつうはどう仲間に受け入れられるか、を考えがちかもしれません。しかし筆者は真逆の視点を提案します。


ひとりの時間をおもいっきり楽しんでしまえばいいんじゃないかと。


それはなぜか?
ひとりで過ごす時間だけに存在する成長のエネルギーってあるのです。
それは子供だけでなく大人でも同じですよね。

 

筆者のケースですが、30歳の時に知り合いもいない大阪に転勤し、あまりに孤独すぎて本と映画が唯一の友達だった時期がありました。歴史上の人たち、特に宮本武蔵くん、坂本龍馬くんあたりは頭の中では大親友でしたよ。


友達も彼女もいなくて寂しかったけどその代わり空いている時間、膨大な勉強をすることができたのです。それはひとりだったからできた

 

ひとりの時間にこそ人は成長エネルギーを充電しているのです。
スマホ充電中のように。

そして不思議ですが、ひとりで自分を磨いてきた人の周りには、時間差で面白い人との出会いが待っています。

 

ひとりで過ごす、ひとりで立ってみるのは、実はチャンスなのです。
仲間はずれ、OK!ありがとう!と思えばいい。
ひとりでも大丈夫。それどころかつるんでいては到底来ない成長チャンスの到来なのです。

 

親として子供には「ほんとうの友達」と出会える人になってほしいと思います。
だからこそ逆説的ですが、ひとりで立つことを基本にしてほしい。

 

いつか大人になったらわかるけど、つるんでいる人で立派な人を見たことがありません。すごいな、かっこいいなと感じる人って、みなひとり。「単独者」です。


つるもうと努力するのではなく、まずひとりになってみる。
そこから始めてみよう。

ひとりだってさびしくないぞ。