KOMA NOTE

しごとやくらしにシンプルなストーリーを。思考整理コンサルタント・駒込浩明のブログです。

「預かっている」だけだった。

物事を複雑にしてしまう人、シンプルにできる人の違いとはなんだろうか。
一言でいうと、根っこで「われ所有せず」という考え方ができるか否か。
これに尽きるのではないか。

 

例えば、世の管理職の悩み。
「どうすれば”あの部下は”オレの言うことを聞くのだろうか?」
この問いに立ち向かうのは相当な消耗戦となる。
なぜなら他人は思い通りにならないから。
この当たり前の原則を言うと、大抵の人は「そりゃそうだ」となる。

しかし、なぜこのような問いを未だ管理職は持ってしまうのか。
頭で無理と分かっていながら、心のどこかで人を思い通りにしたい、という幻想を捨てられず、あれこれノウハウに手を出してしまうのだろうか。

 

それは問いの前提に「所有の概念」がこびりついているから。

 

「所有の概念」とは?
すこし乱暴にいえば
「あいつはオレのもの」。
だからオレの言うことを聞くべきなのだ、
思い通りになるべきなのだ、ということ。(ジャイアンか、と)

 

実は僕自身も身に覚えがある。人に対して強い所有の概念をもってしまうと、つい相手の心に強引に割って入ろうとする言動が起こる。
でも思い通りにはならないよね。
ストレスの原因。
結果として、相手との関係は壊れる。
よく言われる「〜ハラ」も人に対する所有の概念から生まれてくる言動のひとつなのではないだろうか。

 

「部下は、あなたの持ち物じゃありません。」
これ、僕のコンサルを受けている方々には耳にタコができている言葉。

じゃあどう考えれば?

「預かっているだけ。」

そう、たまたま今預かっているだけ。
だからいつか丁寧にお返しする。
その考えを基本に置いて、大切な相手との関係を見つめていくと、改善する突破口は見つかる。

 

ちなみに『自分は預かっているだけ』という考え方は、
仕事のみならず日々の暮らしにも取り入れてみてはどうだろうか。
これは僕自身が試行している。

 

例えば、我が子。
「子供は、あなたのものじゃありません。」
大切な子供をから預かっているだけ。
自分のものではない。そう考える。
切ないけど、丁寧に育てたくなる。
いずれ天というか世にお返ししていくのだから。
たぶんかの偉人、西郷隆盛が子育てしたら、そう考えるだろう。

 

前述の部下や子供と同じく、恋人や伴侶にしてもそう。
「妻(恋人)は、あなたのものじゃありません。」
自己中心的な言動が減り、
相手を尊重した丁寧な関わりができるだろう。
食事を作ってくれた、洗濯してくれた、
何かしてくれたらそれは当たり前ではなくて、
本当はすべて感謝になるはず。
(僕はまだまだできていない ・・・)

 

他にも、思い切ってお金にも適用してみたい。
「このお金は、あなたのものじゃありません。」
だからお金は溜め込まない方がいい。
感謝してどんどん世に循環させる。
投資、つまり「資を投げる」ことで世の中にめぐらせること。
結果としてリターンが生まれるのだ、
この意味合いが分かってくると、
お金との向き合い方はおのずと丁寧になってくる。

 

書きながらふと思ったが、読書だってそう。
「目の前の一冊の本は、あなたのものじゃありません。」
たまたま縁があって預かった。
だから自分の為ではなく、
誰かの(願望、悩み)の解決のために読もう、
活かそうとなる。
自分のためではなく「誰かのために読む」読書があってもいい。

 

「預かっているだけ」という発想から、
次に生まれるキーワードは「丁寧に」だ。
人にしても、物(お金)にしても、
いつかお返しするから丁寧に扱い、
手渡していこうというシンプルで
自然体な生き方ができるような気がしてくる。

 

ずばり、所有の概念を思い切って捨ててみよう。
「預かっているだけだから。」
そうさらりと思える生き方だってありだ。

そもそも自分という存在だって、一時の預かりもの。
だとするならば、自分自身をまずは日々丁寧に扱おう。

 

僕たちは「預かっている」だけだった。
実は何ひとつ自分のものは、ない。
そう思えると、気持ちが軽くなるはず。
「私の、オレの〜」という思いは、重い。

 

1つ、「所有の概念」を手放してみてはどうでしょうか?

思考実験として、楽しんでやってみてくださいね。
気がラクになるはず。

 

今、あなたにとって大切なのはこういった視点の転換かもしれません。