KOMA NOTE

”軽やかにシンプルに生きていく”考え方や実践をフリーランスの人材育成クリエイターがつづります。

なにもしないこと。

昨日は、東京である企業のプロジェクトミーティングに参加していた。
ぼくの役割は、ファシリテーション。特になにもせずボケ〜と、いや優しい眼差しで皆さんの議論を眺めておりました。

そもそも、ふぁしりてーしょんって?
「その場が活性化するように、仕切り・進行すること」。

 

コンサルタントだろうがファシリテーターだろうが、要するに人を指導する立場の人間は”意思をもって”自分の仕事を定義しておく必要がある。

そう、意思をもってぼくは「なにもしなかった」。

 

この仕事はサラリーマン時代から数えると17年目に入る。
幸いにもなんとか続けてこられたわけだが、振り返ると、仕事の定義は時代によって変わってきた。

 

以前は知識を貪欲に集め、それを提供するのがこの仕事だと思っていた。
要するに、答えを教える人、それがコンサルタントだぜ、と。

川を渡れない人がいれば、橋をかけてあげる。
一度橋をかけると、感謝される。なんだか忙しくて気分がいい。
若造なのに「先生」なんて言われたりする。


でも、そこに落とし穴がある。
こっちもあっちもかけてくれ。壊れたからまたかけてくれ、、、になってくる。
あれあれ?なんでこれもあれも代わりにぼくがやっているんだろう・・
そんな疑問がふつふつ湧いてくる。

 

ある時、気がつく。
やってあげるとやってあげるだけ、実は助けてもらわないと生きていけない人を育ててしまう。ぼくは人を依存させる手伝いをしているのか、と。

独立してから、ぼくのコンサルタント像は変わった。
もし壁があれば、その壁をとってあげるのではなく、その壁をのりこえられる人を育てないと意味がない。


極端に言えば、いかに育てないか、本人が育つように仕向けられるかコンサルティングのテーマだ。


いまのぼくのコンサルタントとしてのゴールは、

「なにも、しない。そんな存在。」だ。

 
もうちょっと見守る。

環境に目を配る。

矯正しない。
程よい距離感や幅というのを意識する。
あくまで本人がコツや気づきを掴めるようにするため。
一見、消極的に見えるけどこれがプロ。


相手の中から引き出されること・タイミングを邪魔しないことが一番の仕事。
じゃあ例えば会議中、落ちているゴミでも拾っとけというのか?

 

「はい、その通り。」

 

私のようなコンサルタントしかり管理職といった指導者という立場にいる人の、隠れた問題は、「教えすぎ」という問題だったりする。
コツなんて個人的なもの。答えっぽいことなんて変化の早い今、瞬間で風化する。
結局、本人がその気になって掴んでいくしかない。
与えることで、自分に依存させ悦に浸ってはいけないのだ。

もしも状況を自分の力で切り開き、たくましく理想の現実を創っていく人を育てたいなら、決して相手の問題を解決してはならない。

だから、「なにもしない」という基本。(これは子育ても同じかもしれない)

 

でも、本当になにもしないなら、あなたの存在価値って?

実はたった1つだけ、することがある。
続きはまた今度。

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参加者から地元で買ってきたお菓子をどうぞ、と。物欲しそうに見えたのだろうか…

ありがとうございました。美味しかったです。