KOMA NOTE

しごとやくらしにシンプルなストーリーを。思考整理コンサルタント・駒込浩明のブログです。

一瞬で前向きになれる魔法の問いとは?

 

 「どうなっていたら、最高だろうか?」

 

ぼくが思考の出発点として、つねに用意している問いです。
あらゆる場面の問題解決に通用します。

いま、問題解決ってさらっと言いましたが、
そもそも「問題解決」ってどういうことなのでしょうか?
ちなみにぼくたちの日常は仕事だけでなく暮らしにおいても問題解決の連続です。


ぼくの定義はこうです。
A地点(現在地)からB地点(目的地)にどうやっていくか、ということ。

 

なんとなく歩いていたら富士山の頂上にいた、なんてことがないのと同じで、
行き先、つまりB地点がはっきりしなければ、実は問題も解決策も本質的には存在しません。

 

このシンプルな事実をぜひ忘れないでください。


ぼくたちは、しばしば問題を「考える」のではなく、「悩み」ます。
悩むというのは、過去に向かって考える行為です。
プライベートならいざ知らず、ビジネス上において悩むことには価値がありません。


なぜ、こうなったんだろう?
ああすればよかった・・
上司にまた怒られる・・なんて言おう・・


そんな感じで頭のなかでグルグルと問題が肥大、複雑化していきます。
無駄に時間を浪費し、やるべきことが先送りされていきます。
精神衛生上もよくないでしょう。


時間の無駄です。

 

一方、問題を考えるということは未来に向かっての行為です。
つまり解決行動へつながります。
経営者から見れば、社員には悩まずに「考えて」欲しいものです。

実際、「悩む」と「考える」の混同を多くの人がしているような感じがしています。

 

あなた自身は、うまく区別できていますか?
相手の思考をうまく区別させることができているでしょうか?

 

悩むのではなく、考えましょう。


たとえば問題解決を始める思考のスタートポイントとなる鍵が、
「どうなっていたら、最高ですか?」
という問い。

最初にB地点(目的地)をはっきりさせることなのです。
B地点があいまいなまま皆んなでザワザワしているケースがあります。
あなたの会社、組織ではどうでしょうか?

 

隗より始めよ、です。
さっそく、あなたが明日から使ってみましょう。
たとえば部下から、トラブル報告が上がります。
「なにぃ〜!なぜだぁ!おいぃ〜!」と朝から怒り心頭、ではなく


努めて穏やかに、

「OK。じゃあどうなっていたら、最高だろうか?」

と、クールにつぶやいてみてください。

(こころのなかは、グッと瘦せがまん)

一瞬で前向きになれる魔法の問い、です。
部下もあなたも、B地点という未来に視点が向かいます。

それだけでやるべきアクションがスッと見えてくることも。
もちろんそれは第一段階ですが。
(そこから先の思考技術は、また講座のなかで)


問題そのものよりも、まずB地点(解決後の状況)のイメージに注力する。
思考をそこから始めてみてください。

きっと大丈夫です。
ご参考までに。

 

 

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「ごめんなさい」という勇気

見ました?全米オープンの女子決勝戦
大坂なおみ選手の優勝、本当におめでとうございます。
試合中もさることながら、試合後のスピーチが素晴らしかったのです。

 

ジーンときました。

女王セリーナ・ウィリアムズを支持するほとんどの観衆がブーイングし続ける中、
大坂なおみ選手が語った言葉に。


「こんな結果になってごめんなさい。最後まで見てくれてありがとう。」

(詳細はユーチューブ等で確認してほしい)

 

何の非もなく、ただただ純粋に戦い女王に勝利した20歳の選手に涙目で壇上から言わせてしまったのです。

その瞬間。場内のブーイングが収まっていくのです。

映像では、セリーナも「あ、やべ、このままだと私悪者やん」と思ったのか、
「もう、ブーイングはおしまいよ!」的なコメントをあわて気味に言ってのけます。
(時すでに遅し感たっぷりなのですが)

 

ポイントは、「ごめんなさい」という言葉にあります。
このひと言が観衆の頭を冷やし、局面をガラッと変えたのです。
ごめんなさいには勇気が要ります。

ちなみに最近、言えてますか?


同時に「ありがとう」もありましたが、ありがとうだけでは、たぶんあのブーイングは収まらなかったのではないか、と思います。

 

 

***
人は、高い目線からの言葉にはなかなか心が動きません。
例えば、組織の中で上司になったりリーダーになったりする。
知らず知らずのうちに目線が上がっていきます。
部下の時にあれほど嫌だった、上から目線での豪速球コミュニケーションになるのです。

それがいかに素晴らしいプレゼンでも民衆(部下)の心には心地よく刺さりません。
何を言うかより、どんな目線で言うか。
低い目線にもなれることが、今の時代に大切な能力なのです。

では、いかに目線を下げるのか。
その魔法のキーワードこそ、「ごめんなさい」です。

例えば今年も様々なパワハラ問題や企業不祥事等、噴出しています。
子どもだったら当たり前のようにこう思います。
「まず、ごめんなさい、は?」

ほとんど大人は言い訳から始まります。
だから、いつまでもこじれる。
しまいにはバレているのに嘘をつきます。人によっては逆ギレを起こす。

子どもからすれば意味不明です。
そんな大人たちを澄んだ目で見ているのです。

お立ち台から「ごめんなさい」が言える人こそ、一流のリーダーです。
現代に求められるリーダーの理想のスタイルが、大坂なおみ選手から学べます。
あの人のために頑張りたい、なぜか素直にそう思えてくるのです。

ちなみに、「ありがとう」も素敵な言葉です。
ただ、上から目線でも言える言葉であることに注意が必要です。

私も管理職をしていた時には、折に触れ言っていたと思います。
でも「ごめんなさい」は思い起こせど言った記憶がありません。
リーダーとして、二流です。いや三流か?

「ごめんなさい」と言われると、
他責にしていた矢印が、次の瞬間自分に向くような感覚です。

全米オープンの決勝戦の顛末は、世界中で物議をかもしています。
色んな意見や見方があっていいと思います。
僕にとっては、もしかしたら今年最高の学びになるかもしれません。

「ごめんなさい」という勇気。
今、ぼくやあなたにとっても大切であり、必要な言葉なのかもしれません。
立場や年齢に関係なく、大事な時に素直に言える自分でいたいですね。

 

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この記事を書きながら、子供たちのカントリーマアムを気づいたら全部食べてしまっていた。

あの…ごめんなさい。

 

 

9月10日の「ひと言」

時間を工夫する秘訣は、時間の単位を変えることです。


なんとなく60分間を1単位にして会議や仕事を進めていませんか?
今日から15分間を1単位にして仕事を組み立ててみましょう。
意外にも多くの仕事がその1単位の中で完結できることに気づかれることと思います。

難問は分割せよ、です。(By デカルト

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シンプルなやり方が簡単で楽とは限らないけど。

シンプルな経営をすすめています。

仕事であれ日常であれ、同じです。


結果が思うように出ない時ほど、
僕たちはフクザツに物事を考えています。

シンプルに考え、シンプルに行動していきましょう。

 

「ほんとうに大事なことは?」

シンプルさへの鍵です。
結構、どうでもいいことに時間とエネルギーを取られています。
どうでもいいことを増やしています。

シンプルなやり方は大抵の場合、いい結果をもたらします。
でも、シンプルなやり方が決して簡単で楽とは限らないのです。
どういうことか?

 

たとえば、

「会議のゴール(目的)をハッキリ宣言してから、スタートする。毎回。」

 

一見シンプルです。

これがなかなかできない。

なぜでしょうか?

 

「私はそうしたいんですけど・・・」

そんな声が聞こえてきます。
あなたの組織ではいかがでしょうか。

シンプルを目指すがゆえに、
時間や人のエネルギーを多く費やすこともあるのです。


繰り返します。
シンプルなやり方は大抵の場合、かなり良い結果をもたらします。

 

今リーダーに問われているのは、
本質は何か、を見抜くこと。
それ以外は思い切ってバッサリ捨てる覚悟です。

時価総額1兆ドルを超える大企業アップル社。
創業者のスティーブ・ジョブズがシンプル主義を原理原則に掲げて、
大躍進したストーリーは有名です。

今このブログを書いているアイフォン、ボタンはたった1つです。
想像ですが、1つにたどり着くには楽ではなかったでしょう。


もしも会議でジョブズが”念のため”とかいってボタンが4つになってたとしたら・・
ここまで世界中でヒットしていなかったかもしれません。
きっと、コレめんどくせとネットで叩かれていたでしょう。

 

たった1つに絞ったから。
ヒットした理由の1つにあるような気がします。
ユーザーとして僕はこのシンプルさが好きです。

 

覚悟をもって物事にメリハリをつけていきましょう。
常にシンプルを目指すあなたを応援しています。
シンプル経営のすすめ、でした。

 

 

「型」を見直してみる。

この夏、小2の長男に「集中しなさい」と何度言ってもまったく効きませんでした。
算数ドリルを目の前にして、まぁじっとしてられない。
親としてよくある素朴な悩みかもしれない。

 

最初は丁寧に、「ここ集中してみたら?」
それが次第に「集中しなさい」「いいか、いま集中だ!」「ゴラッ!集中しろって!ガッ〜!!」

ああ、いい大人がみっともない。。ぼくは馬を水辺に連れていくことすらできていない・・・。

ちょっと落ち着いて「これってなんでだろう?」と今更ながら考えてみた。
ぼくの言い方?性格?勉強への嫌悪?しつこく言ってる親への信頼感?
う〜む、どれもこれも当てはまりそうだ(笑)。


そんな中、ぼくはコンサル視点で言葉という観点からあることにふと気がついた。
もしかしたら息子は「集中する」ということが、”どういうことなのか?”じつは分かっていないのではないか、と。

 

人は動ける定義がされていないものは、動けないもの。
例えばよく職場で掲げられる「コミュニケーションの活性化」という表現。
ほとんどの人はいったい明日から何をしたらいいのかわからない。

 

息子に聞いてみた。


ぼく:集中するってどういうことだと思う?

息子:う〜ん、しゃべらないこと?

ぼく:たしかにね。(でも君は宿題を始めて30秒もすると、ぼーっと外を眺めているよね)

 

ぼく:ほかには?

 

息子:・・・サァ、わからん。なぁテレビ観ていい?

 

やはり。少なくとも彼は集中することがどういうことなのか曖昧だ。
再現性のある「集中するという型」をもっていないといえる。

大人でいえば、職場で上司から「きみ、もっと論理的に話してくれないか?」と言われても、どうやったら論理的だといえるのか、さっぱり分からないシーンに似ている。

 

子供も大人もまず「型」から入る。やはりそれが重要なのだ。
大人の成長をサポートする仕事をしていて痛感するのは、教育の場において、型という基本が意外と見落とされていること。すぐ手っ取り早いコツやノウハウに走りやすい社会的傾向を感じる。

でもね、何かを磨くには「型稽古」って大事なんだ。
仕事においてやり方は人それぞれ色々あるけど、共通の型なんてものは存在していない、そんな会社がほとんど。だから人の教育が進まない。フクザツで面倒くさい。
あなたの職場、仕事、どうですか?

 


「型があればシンプルになり、型があれば片付くよ。」
そうだったそうだった。お父さんは、パソナさんで月一でやっている「ロジカル脳・養成講座」で先週伝えてきたばかりじゃないか。週末ビール飲んですっかり忘れてたよ。

 


見渡せばあらゆるプロの世界とは、すべて型に始まり、型を繰り返す修練の世界。
たとえば歌舞伎の世界でいえば、中村勘三郎さんがこんな言葉を残しています。

型を知っていて壊すと、型破り。
型を知らずに壊すと、形無し。

 

至言ですね。

 

何事もまず型を決め、型から入る。
理屈は型を身につけた後でいいのかも。
型を決めたら、「この型通りにやりなさい」。シンプルですね。

 

話を冒頭にもどします。
我が家における「集中する型」とはどういうことにしたのか?

背筋を伸ばすこと。

という基本動作に置き換えてみました。

対こどもについては、精神系、思考系に行くよりも、パッと視覚的に分かるもの、身体的な動作といったものを型としていった方がいいような気がしています。

 

現在では「集中しよう」というと、ぴっと背筋をのばします。構えができるのはなんかいいみたいですよ。


あなたも、仕事や子育てにおいて困ったら、型、つまり基本を再考されてみてはどうでしょうか。行き詰まりが解消されていくきっかけになるかもしれませんよ。
もちろんぼくも相談にのります。

 

最後まで読んでくれてありがとうございました。

 

 

8月31日の「ひと言」

「自由になんでもしていいよ」と言われると、実は思考が止まる。

制約の中でこそ、思考は動き出します。


制約条件とは、『クリエイトの神』です。

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黄金の龍のような雲。思わず撮りました。

 

「仕事ができない奴」からのシンプルな脱却法

仕事できる人は読まなくていい内容です。
今空回りしていたり、思うように仕事の結果が出ず悩んでいる人に向けて書きたいと思います。

 

あなたは、今の仕事で十分なパフォーマンスを出せているでしょうか?


いかにもさらっと”俺はできるけど君は?”的な問い方です。イヤな奴ですね。

本当のところぼく自身が、

「仕事のできない奴」でした。

今は笑いながら話せます。
当時20代ごろは髪の毛が抜けるほど本当に悩みました。
悪循環から抜け出せない日々でした。

人見知り、英語できない、何言ってるのか自分でもわからなくなる、機転が利かない・・・まぁ周囲は困った奴だなぁと思っていたはずです。
しかも頑固で中途半端にプライドが高い。。
今ふうに言えば、イタイ奴です。

 

当然毎日の仕事はまったく楽しくありませんでした。
休みの日も次は仕事かと思うと、どんどん気分がブルーになる。
辛すぎたのでしょうか、ある年の正月に実家に久々に帰省し、トイレで思わず涙が溢れ出てきたこともありました。へんなブツブツが皮膚に登場したり。

 

そんなへなちょこなぼくが30歳手前で組織人事系のコンサルティング会社に転職してしまうのです。
優秀な人たちがわんさかいる集団です。
おまえは自分の首をさらにしめつけるのか!?
そう、おもいっきりしめつけることになりました(笑)。

しかも途中から大阪へ行って新規開拓してこい、と命令が下り未知の大阪へ転勤。
ますます苦痛の日々がやってきたのです。

大阪来て2年経った頃、ついにメンタルも風邪をひきました。
朝起きると心がザワザワとしてきて自分を思うようにコントロールできないのです。
同じタイミングでギックリ腰にもなりました。

同期的な人たちや後輩は東京で華々しく成果を出し、表彰されたりしている。
ぼくは大阪で腰にコルセットをはめながら、脂汗を流しながらお客様からのクレーム電話に応じている。

みじめでした。
けどこのまま終わりたくねぇな、と夏の道頓堀を歩きながら思ったんですね、ぼくは。

今年も残り半年、あと半年やって結果でなかったら、潔くやめよう。


ふと、じぶんのお尻(期日)を決めました。
自宅の近所にあったカフェでノートにあと半年でできることを書き出しました。

あなたも、もしもこのままの自分で終わりたくない、そう思うなら、1つだけ紹介します。
ぼく自身が変化できた、極めてシンプルな方法です。

 

それは、、、

「誰かのために月に最低1冊本を読む」それを「6ヶ月間」続ける。

以上です。

 

えっ読書かい!?ありきたりな方法だと思いましたか。
実はいろんなところでおすすめしますが、意外や意外、みんなやりません(笑)。

仕事ができない(=つまらない)のは1つの共通原因があります。
「勉強していないこと。もしくは勉強が足りないこと」なのです。月並みですが。

確かに当時のぼくは、仕事が忙しいだのなんだの言って、読書などしてませんでした。
あのときの自分に助言したいくらい、全く勉強していませんでした。。


反対に仕事ができる人(=収入が高い人)は、やはり猛烈にやってます、コツコツ勉強を。
試しにあなたの周囲で一番のお金持ちがひと月にどれだけ読書をしているか聞いてみて。

シンプルだけど、本を読むことが「仕事ができない奴」からの脱却法なのです。


ただ、ぼくがおすすめするのは普通の読書とちょっと視点が違います。
「じぶんではなく、誰かのために読む」ところです。
お客さんのため、上司のため、後輩のため、両親のため、彼氏彼女のため・・・
自分以外の大切な人のために読みます。
この読書のゴールは、インプットではなくアウトプットです。

ちなみにぼくは当時、クライアントの抱える悩みや困りごとのために1冊の本と向き合いました。そして、メールや対面で伝えるのです。
「あなたのために手にとってみました」と。
もしも参考になれば、とエッセンスをまとめたメモを手渡します。


相手からは驚きと喜びの反応です。こんなことされたの初めてだ、と。

 


さほど興味もないと思いますが、
そんなことを続けたぼくの6ヶ月目の結果を念のため書いときますね。

 

予算のハイ達成。そして懇意にしていた社長の別宅で名も知らぬ高いシャンパンを頂いておりました。ぼくの予算達成をお祝いして。

 

以前その社長には、ドラッガーの本をまとめたメモを手渡しておりました。
ただ、それだけなのです。

ものは試し。もしこの読書法をやってみたい、と思う人が3人いれば、興味のある方々でちょっとした講座を企画したいと思います。

ぼくに連絡していただければ幸いです。
仲間がいると継続しやすいかもしれませんね。

人のために読む読書とは、誰かに喜ばれる読書です。
いつの時代も、誰しも喜ばれると嬉しいものです。

 


最近、喜ばれてますか?
今日はここまで。

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大丈夫。いつだって状況は逆転できるよ。ブッダもそう言ってます。